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2011-11-05

ようやく受け止められるようになってきた気仙沼のこと 支援お手伝いのトリップより


気仙沼での支援のお手伝いを終えて、スタッフとともに温泉に入る。

露天風呂で星を眺めながら、「あ~、やっぱり、自然は素晴らしいな~」
とお湯を楽しみつつ、数時間前に同じ自然の脅威を目の当たりにしてきて、複雑な心境。 
優しい、強い、どちらも自然の姿。その前に、人間はとても小さい。

しかし、その小さい人間も、立ち上がる力、やり直す力、続けていく力、
すごいパワーを持っているということもあらためて実感する。

さらに、日本中、世界中からの協力、支援、励まし。
これは人間だけにできることではないだろうか。

10月後半、金曜から日曜までの短いトリップだったが、
今までに経験したことのなかった色々なことを感じたので、
震災から7ヶ月経った気仙沼の現状とともに、お伝えしておきたい。

僕らが東京で知っていることは、やはりその多くはテレビやネットで見聞きしたこと。
今回、自分の目で見、耳で聞き、肌で感じた現実と想い。
「被災された方々の気持ちがわかる」とはこれっぽっちも言うつもりもない。

あれから7ヶ月後の気仙沼で、東京から来たよそ者が、ちょっと伝えておきたい、
と勝手に思ったとりとめもない雑記であることをご承知いただきたい。

saigai.jpg

新宿で集合し、災害援助というプレートをダッシュボードに載せたクルマで
交代しながらの気仙沼への道。休みや食事をとりながら、8時間で到着。
アメリカ、メキシコ、モロッコでは二桁時間もあったが、
陸路を自ら運転していくと、福島あたりでやっと半分。

日本て、こんなに長いんだな〜とあらためて実感。

shuji.jpg


気仙沼に着き、まず向かったのは支援プログラムに必要な備品購入に
地元スーパーにある百均。

子供たちの書いた習字が目に飛び込み、しばし眺める。

ganbarou.jpg


12月の支援イベント会場の候補探しも今回の目的のひとつ。
気仙沼市総合体育館を訪ねてみた。

k-wave.jpg


ここは、たまたま偶然だが、スケート&クリーンから仙台経由で
支援スケートグッズを送ったスケートパークのあるところ。

キッズや地元スケーターS君に会えたらラッキーだったが、
当日はあいにくの雨。体育館職員さんにまた必ず来ます!と伝えて、館内の視察。

会議室が使えればちょうどよかったが、後日、補修の為、NGと判明した。

sinanchi.jpg


ここまでではまだ何も気付かなかったが、
いよいよ震災の爪跡を目の当たりにすることになる。

最知南の教会跡を訪れた。
写真後方は堤防。この周辺は今は何の跡形も全くない。
牧師夫妻はぎりぎり助かったようだ。

jujika.jpg

朝日新聞にも掲載された流木で組んだ十字架。

自分は特に特定の宗教に属していないが、
この仮設十字架が震災直後の現地でどんなにか
心の拠り所になったであろうかは想像できる。

plant.jpg


あれから七ヶ月経ち、がれきが撤去され、
泥だしが終わった跡地に自然と根付いたという植物。

とっても小さいけど、逞しく、そして美しい生命に
胸を打たれた。

3 35

教会近くから見つかった2つの時計。

地震発生から約45分後に自然の脅威が襲った。
あたかもそこで時間がとまってしまったかのように感じられた。

senro.jpg


へし曲がったガードレールの向こうは、気仙沼線の線路があったとのこと。

現在は撤去されているが、ひとつの路線、つまり、市民の通勤通学の生活の足
さえも一瞬で消してしまった力に圧倒される。

haisha.jpg


走りながら、本当に数えきれないほどの廃車が山積みになっている
光景は何度も見た。

kasetsu.jpg


仮設住宅のある面瀬中学校に到着。校庭はすべて仮設住宅に。
流された教会の牧師夫妻もここに仮住まいしている。

shien.jpg


集会所には色々な支援のお知らせが。

gyokou.jpg


時間のちょっとした合間に12月のイベント会場候補を探しに走っていると、
期せずして気仙沼漁港付近に出た。

道路は大きく陥没し、残っている建物も1Fは完全に破壊されている。
大型漁船がまだ道路に横たわり、なぎ倒された信号機の横で
警察官が交通整理をしている。

7ヶ月経ってのこの状況に友人と共に全く言葉が出なかった。
もちろんあらゆる支援の方々がすばらしい努力をされたはず。
地元のみなさんも力を振り絞ってがんばったはず。

それでもこのインパクトはあまりにもいまだに大きく、
「7ヶ月経ったのに」ということとあわせて、
観光目的ではない僕らがナビを見ながら迷い込んだエリアで
急に視界に入ってきた現実はすぐには受け止めることができなかった。

onoman.jpg


友人の友人の実家がこの食品加工工場。「大打撃と聞いていたが」
と友人、絶句。

gareki yama


撤去されたがれきが山積みになっている光景。
手前のクルマからその高さがわかる。

かなり整理されたのでは、と思われるが、それでも
これだけ多くの生活が流され、山になってしまったということ。
このがれきも決してゴミではなく、すべて、それまであった生活の痕かと思うと、
心が痛む。

yubiami.jpg


会場探しから集会所に戻り、職業支援のお手伝い。今回は器具を使わず、
指で編める「指編み」の指導をスタッフメンバーがする傍らでの
準備やサポートを行っていた。

生活も一時の危機的状況からは落ち着きを取り戻したものの、
家を失い、仕事を失ったみなさんにとって、
今後の生活に少しでも光を当てることができれば幸い。 

一生懸命に取り組む参加者の表情に頼もしさと暖かさを感じ、
むしろこちらの方が元気と勇気をもらった。

何度もこの集会所に訪れているスタッフはみなさんとすっかり顔なじみ。
「来てくれてありがとう」から「いつも来てくれてありがとう」になった時、
その笑顔の表情が違うらしい。

obaasan.jpg

私達のために、また来てくれた。そんな想いが表情に出るのだろう。 
継続は力なり、とはよく言われるが、まだまだ長く続くこの復興の道のりでは、
継続が何よりも大切だと、肌で感じることができた。

kids2.jpg

続いてはキッズスクール運営のお手伝い。牧師夫妻のお孫さんとお友達が
参加したキッズスクールも、もう何度も開催されていて、
子供達は楽しみにしている様子。会場のセッティングやプログラムの備品準備などをお手伝いし、
東京から来たオッサンたちも参加させてもらった。

最初は照れていたキッズたちとも次第に打ち解け、楽しい一時を一緒に過ごさせていただいた。
その小一時間ほどのために、そしてそのなかの10分ほどの聖歌音楽の時間のために
ギターを携え、何時間もの運転で駆けつけたスタッフも。

ここでも、職業支援でのおばあちゃん達と同じく、子供達の屈託のない笑顔から、
大きな勇気と希望、大げさになってしまうが、小さくも強い日本の意志、
可能性を感じさせてもらった。


(震災当時のことは当然体験していないが、7ヶ月後の状況から想像して)
あれだけのことがあったなかで、こうしてがんばって前向きに生きている姿、
応援し続けなくては、そして自分たちももっと前向きにがんばらなくては、
と帰りのクルマを運転しながら、しみじみと感じた。

気仙沼をあとにし、東北自動車道のインターが近い栗原の町まで移動。
途中、加護防温泉「さくらの湯」へ。一日動き回った体に、
天然温泉の温かいお湯がなんともありがたい。

冒頭でのふと思ったことはここの露天エリアにて。

kurihara.jpg

栗原では教会のフロアをお借りして泊めさせていただいた。
目の前の畑では色々な作物が育っている。

教会のとなりには、元々塗装工場であった場所を倉庫として、
支援物資が格納されている。
震災直後は文字通り世界中からあふれんばかりの物資が届いたそうだ。

かなり配布されて減ったそうだが、各国からの支援物資の段ボールを拝見し、
世界からの暖かい気持ちを感じた。

kurihara asa


布団をお借りして、その上に急遽購入・持参した寝袋で寝ると、
とても快適。ぐっすり眠ることができた。

翌朝、泊めていただいたお礼にしっかり掃除をして、出発。

曇った空からすがすがしい晴れ間が見えてきた。

漁港周辺を走っている時、その爪痕の大きさにまだ現実をうまく受け止められなかった。
え、どうして、こんなに平和な港町がなぜ!と。

しかしそのあとで、現地の人々の笑顔に出会ったり、自然の美しさ、生命力のたくましさ、
色々なものに触れ、ほんの少しではあるが、自分のなかで消化が始まったのかもしれない。

朝の曇り空から広がり始める晴れ間。

陽はまた昇る。
明日も、その次の日も。
東京では当たり前だったことがありがたく、
陽がまた昇ることに感謝したい、そんな気持ちを持てる朝になった。

今回快く一緒に活動に参加させていただいたスタッフのみなさん、
そして現地のみなさん、ありがとうございました。
そして仲間達、これからもよろしくお願いします。

まずは12月17日~19日。
そして、また、必ず、会いにいきます。


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気仙沼ニアミス!

キム兄さん、
気仙沼、行ってたんですね!
じつはわたしはおとといまでいたんですよ。第一聖書バプテストの跡地も行かれたんですね。わたしたちもそこで祈りを捧げてきました(木の十字架が倒れてたのがちょっと気になりましたが...)。
キッズスクールをやったところは、あいりん社の会堂ではないですか?経営者の阿部さん一家はほんとうにあたたかい人たちです。わたしは会えませんでしたが、嶺岸先生には会えましたか?
思わぬところでつながって、嬉しいです。また、向こうでもなにか一緒にできたら楽しいですね。わたしらは、仮設をまわってモバイル・カフェをやりました。大島にも行きましたよ。

驚きです!

みわさん、驚きです!こないだの横浜再会といい、不思議な力につないでもらってますね!嶺岸先生にはお会いしてこちらが優しい言葉と眼差しをいただきました。また何かできること、ご相談させてください。

これからも続けて行きましょう!

ほんと、不思議な力。
じつは見える力よりも見えない力の方が強いということがわかりますよね。
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